大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成5年(オ)668号 判決

大阪府堺市石津北町八〇番地

上告人

日清シスコ株式会社

右代表者代表取締役

高原照男

右訴訟代理人弁護士

高野裕士

右輔佐人弁理士

角田嘉宏

高石郷

アメリカ合衆国ミシガン州バトルクリーク市ワン ケロッグスクエア

被上告人

ケロッグカンパニー

右代表者

リチャード・エム・クラーク

東京都新宿区西新宿一丁目二六番二号 新宿野村ビル

被上告人

日本ケロッグ株式会社

右代表者代表取締役

神伸明

右両名訴訟代理人弁護士

本林徹

相原亮介

品川知久

古曳正夫

棚橋元

久保利英明

飯田隆

桑原聡子

右当事者間の大阪高等裁判所平成三年(ネ)第一〇〇三号製造販売差止等請求事件について、同裁判所が平成四年九月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高野裕士の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

(平成五年(オ)第六六八号 上告人 日清シスコ株式会社)

上告代理人高野裕士の上告理由

第一、上告理由(一)

上告人はシリアル食品に「シスコーン・チョコクリスピー」等の表示を付して、当該商品を販売したが、右表示中「クリスピー」は要部であるとし、これが被上告人ケロッグカンパキーの登録商標「KRISPIES」に類似し、商標権侵害にあたると判断した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令(商標法第二六条第一項第二号)の違背がある。

一、事案の概要

被上告人ケロッグカンパニーは、昭和三三年八月一日「KRISPIES」を、第四七類「オートミール、コーンフレークスその他朝食用に供せられる穀物製品」を指定商品とする商標として登録した。(別紙一)

被上告人日本ケロッグ株式会社は、昭和六二年一月頃からシリアル食品に「Kellogg's・チョコクリスピー」(別紙二)という商標を付して、これを販売している。

上告人は、昭和六三年八月頃から「シスコーン 米フローストクリスピー」、「シスコーン 米チョコクリスピー」、「CISCORN 100チョコクリスピー」という各用語を普通に用いられる方法で表示した標章を付してシリアル食品を販売した。(別紙三・四・五)

これに対して、被上告人ケロッグカンパニーが商標権侵害として、また、被上告人日本ケロッグ株式会社が不正競争防止法違反として上告人の前記商品の製造販売禁止を求めたのが本件事案である。

なお、「KRISPIES」は、アルファベットを横文字にしてなる造語商標であるが、これは「パリパリする」、「カリカリする」との意味の英語の形容詞である「CRISP」又は「CRISPY」からの造語である。(「CRISP」は高校程度で修得すべきである重要単語であり「CRISPY」はその派生語である。)

二、原審の判断

商標権侵害に関する原審の判断は、要するに、登録商標「KRISPIES」は「クリスピー」に類似する。しかるところ、上告人の商標である「チョコクリスピー」「米チョコクリスピー」「米フローストクリスピー」等の要部は「クリスピー」であり、したがって、上告人の右商標は「KRISPIES」に類似し、被上告人ケロッグカンパニーの商標権を侵害しているというものである。

これに対して、上告人は原審において「クリスピー」「CRISPY」はシリアル食品等の食品一般について、その品質を表すものであって、商標法第二六条第一項第二号に該当し、商標権の効力は及ばないと主張したが、原審はこれをいれなかった。

三、「クリスピー」「CRISPY」は食品等の品質表示語である

(一) 「クリスピー」「CRISPY」という言葉は、現在、食品業界において「パリパリする」という語感を込めて上告人を含め多くの業者の多数の商品に品質表示語として使用されている。その商品実例の一端は多数の乙号証をもって示されている。

また、「クリスピー」「CRISPY」は、日本語として外来語辞典にも掲載され、さらに非常にポピュラーな朝日新聞社「朝日現代用語知恵蔵1992」の外来語・略語の頁中にも「クリスピー」が載せられている。

(二) 右のごとく多数の使用実例があるほか、特許庁においても「クリスピー」「CRISPY」は品質を表示するものとして取り扱われている。すなわち、特許庁は昭和五八年頃から普通に用いられる方法で表示した文字「クリスピー」「CRISPY」の商標登録出願は商標法第三条第一項第三号に該当するとして一貫して拒絶し続けているのである。

ある言葉を品質表示として使用する主体は取引界にあり、専門官庁である特許庁は取引界の実情を考慮して、普通に用いられる方法で表示した本件文字「クリスピー」は品質表示であると認定しているのである。(社団法人日本食品特許センター発行「拒絶文字商標集食品部門第四巻」 二一四頁、別紙六)

上告人は、昭和五八年頃から特許庁が普通に用いられる方法で表示した文字「クリスピー」は品質表示であると認定し続けている審査状況に照らし、これを品質表示であると確信して昭和六三年頃から使用しはじめたところ、原判決において、本件商標「KRISPIES」の商標権を侵害していると判断されたのであって、このようなことでは、取引業者の商標使用の実務を混乱させ、ひいては商標権の法的安定性は失われるといわざるをえない。

なお、上告人は、本件以前の昭和五三年頃から「CRISP CAKE」という商標でチョコレート菓子を販売してきている事実もある。(別紙七)

(三) ところが、原判決は、多数の食品の品質表示に、また、食品関係の多数の特許公報、外来語辞典等に「クリスピー」「CRISPY」が載っている事実があるにもかかわらず、街頭調査等の事実を踏まえて「『クリスピー』が日本語として定着し、かつ、これが食品業界においては品質表示語としてなくてはならない日本語となっているとまでは認めがたく」と述べている。

しかし、実際の食品業界にも「クリスピー」「CRISPY」を品質表示として使用した多数の商品が実在し、特許庁がこの取引界の認識を反映させて「クリスピー」「CRISPY」を品質表示と判断している事実から、上告人が使用している標章「クリスピー」は商標法第二六条第一項第二号の「品質」を表示するものであることは明らかであるところ、原判決が右法令を適用せず、「クリスピー」が「KRISPIES」に類似し、商標権の侵害にあたるとしたのは法令の違背があるものといわなければならない。

四、原判決が本件のような英語表示の商標に関する大審院判例等に違背していることについて

(一) 「クリスピー」「CRISPY」という言葉を品質表示でないとし、結果として、それに特別顕著性を認めた原判決は、商品蝿の駆除剤に対し「FLY-TOX」は効能表示であるされた旧商標法第八条に関する判例(大審院昭和二(オ)第三六六号・同五・二六言渡判決)及び「Brilliant」の文字を商品研磨料に使用することは研磨料の効能を表示するに過ぎないとされた判例(大審院昭和六(オ)第二六四二号・同七・四・一九言渡物決)、並びに、下級審判例ではあるが、いわゆる「Earl Grey」判決(昭和五六年五月二八日東高民六判。昭和五二年(行ケ)八二号)の各判旨に相反するものである。

(二) 前記「FLY-TOX」事件は「本願商標ハ普通ニ使用セラルル書體ヲ以テFLY-TOXナル羅馬字ヲ横書シテ成ルモノニシテ其ノ書體又ハ形状ニ於テ何等特異ノ點ナキコト商標自體ニ於テ明ナル所ニ係リ又其ノTOXナル文字ハ英語ノTOXIN(毒素)ヲ聯想セシメ之ヲFLY(蝿)ナル文字ト結合セルニ依リ蝿ノ驅除剤ヲ意味スルカ如ク解セラレ殺蟲剤ヲ指定商品トスル商標トシテハ藥剤ノ効能ヲ表示スルモノト認メ得ラルル」と判示しているのであるが、昭和の初期でも英語表示の商標について右のような判断を示していることから考えると、昨今のように英語そのものや英語表示の商品が氾濫している平成時代においては右大審院判例は数倍の重要性と妥当性をもって考えられるべきである。

また、前記「Earl Grey」判決は、品質表示の認識が誰にあるべきかについて次のように判示している。「(前略)しかしながら、商標法第三条第一項第三号が、商品の産地、販売地、品質等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標を登録することができないとしたのは、そのような商標は一般に自他商品識別の機能をもたないし、また、仮に自他商品識別の機能を有することがあるとしても、そのような品質等の表示は商品取引の過程において必要なものであり、取引業者は皆その使用を欲するものであるから、特定の人にのみにその使用を独占させることは公益に反することによるものと考えられる。そうだとすると、ある商標が商品の品質を示すものであることにつき、当該商品のわが国における取引業者にその認識があるとすれば、一般消費者の認識を問題とすることなく、その商標の使用を特定の者に独占させる結果になるような商標権の認定を許すべきではないと解するを相当とする。(後略)」

原判決は特定層の消費者とみられる者の英語単語知識を問うような街頭調査の結果を殊更に重要視しているが、これは右「Earl Grey」判決の考えに相反するものであり妥当ではない。

(三) なお、外国語の商標の登録性の問題として、網野誠は「なお、多くの外国商品が、国内の市場に流通している現在のわが国の取引の実情をも勘案すれば、外国語で特定の商品の特性を記述するような語は、わが国の取引界では一般にはそのように理解されないものでも、外国の幾つかの国における審査例にみられるように、今後は漸次その登録を認めないような方向で運用するのが望ましいと思われる。」(有斐閣「商標」網野誠著 平成四年一月三〇日発行、一八三頁・一八四頁)と論じていることも参考となる。

五、原判決の社会的意義

現実に、原判決の判旨を適用していけば、乙第九八号証に写っているような多数の「クリスピー」「CRISPY」商品(別紙八)が市中に出回っており、それらはいずれも被上告人の商標に抵触することとなるところ、その結論は、社会的妥当性に欠け、合理的でないことは明らかである。

現在は商品の国際化の時代であり、登録商標「KRISPIES」の権利の範囲が、日本語辞典にもあり、食品業界にとって重要な品質を表す用語となっている「クリスピー」「CRISPY」に及ぶとするのは、社会的に到底認められない結論といわざるを得ないのである。

第二、上告理由(二)(三)

被上告人日本ケロッグ株式会社が販売する「チョコクリスピー」は周知商標であり、その要部は「クリスピー」であるところ、上告人の販売する「シスコーン 米フローストクリスピー」、「シスコーン 米チョコクリスピー」、「CISCORN 100チョコクリスピー」の要部も「クリスピー」であり、称呼が同一で、外観において類似するので上告人の右各商標は不正競争防止法第一条第一項第一号の「他人の商品たることを示す表示と同一又は類似する」としたこと、及び、上告人の右のような「クリスピー」の標章を用いた商品の販売について不正競争行為にあたると判断した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令(不正競争防止法第一条第一項第一号及び同法第二条第一項第一号)の違背がある。

一、事案の概要

被上告人及び上告人の本件各商品の販売行為は、第一の一に記載したとおりであるのでこれを援用する。

二、原審の判断

原判決の不正競争防止法に関する要旨は以下のとおりである。「チョコクリスピー」は被上告人日本ケロッグ株式会社の周知商標である。しかして、右周知商標「チョコクリスピー」のうち、自他商品の識別という観点からは「クリスピー」の部分が右商標を見る者や、その称呼を聞く者の注意をひく要部であるところ、上告人の「シスコーン 米フローストクリスピー」、「シスコーン 米チョコクリスピー」、「CISCORN 100チョコクリスピー」についても「クリスピー」の部分が要部であり、それらは、称呼が同一で、外観が類似するというものである。そして、上告人の商品は、被上告人の商品と混同を生じるおそれがあるとし、「クリスピー」について不正競争防止法第二条第一項第一号を適用しなかった。

三、周知商標は「チョコクリスピー」であり、「クリスピー」ではないことについて

原判決は、「チョコクリスピー」は周知商標であると認定する。周知性について上告人は不服ではあるがこれを前提として以下述べる。

周知性があると判断しているのは全体としての商標「チョコクリスピー」であることは判決において明らかであり、「クリスピー」そのものが商標として周知であるというようなことは一言も判示していない。「クリスピー」そのものは周知商標でもないし、被上告人はこれを単独標章として使用してもいない。すなわち、「クリスピー」だけでは広く知られた商標ではないのである。ところが、「チョコクリスピー」のうち品質表示語たる「クリスピー」が要部であると認定し、上告人の商標の要部と比較・対比することは、「チョコクリスピー」は他人の商標であるとしても、「クリスピー」という「広く認識せらるる他人の商標」でないものに対して不正競争防止法第一条第一項第一号を適用していることになり、そのことは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令(不正競争防止法第一条第一項第一号)の解釈に違背がある。(上告理由二)

四、「クリスピー」に対し不正競争防止法第二条第一項第一号を適用しなかったことについて

次に、「クリスピー」は食品業界において広く用いられる品質表示を意味する言葉である。すでに述べたように品質表示語として取引上普通に同種の商品に慣用せられており(別紙八・九)、また、特許庁においても品質を表す言葉としてその登録を拒絶し続けているものである。したがって、上告人の商品に用いた各標章の一部分である「クリスピー」は不正競争防止法第二条第一項第一号の「取引上普通に同種の商品に慣用せらるる表示を普通に使用せらるる方法をもって使用する行為」に該当するところ、同条項を適用しなかった原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令(不正競争防止法第二条第一項第一号)の違背がある。(上告理由三)

以上

(添付書類省略)

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